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人間味溢れる風景画、歌川広重「東海道五十三次」

 天保4年(1833年)、版元・竹内保永堂から、当時、新進絵師に過ぎなかった歌川広重の「東海道五十三次」が刊行された。この風景画は、当時、絶大の人気を得た。それは人々が今で見たことのない風景画の数々であり、人間らしさ溢れる絵が、観る者の共感を得、広重の清浄で、和やかな暖かい絵に接して、人々は喜びを感じたからに他ならなかった。

 天保3年(1832年)、広重は、幕府から朝廷への吉例馬献上の一行に加わって江戸から東海道を下った。この道中、広重は、街道、宿場の風景などをスケッチし、残し、これをもとにして描いたのが保永堂版「東海道五十三次」である。すべて広重の独創から生まれたもので、詩情に溢れた、旅愁、哀感のある、人間味に溢れた風景画である。

 当時、十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」、歌舞伎の「独道中五十三駅」(ひとりたびごじゅうさんつぎ)が人気になるなど、江戸中が東海道ブームであったというが、そういった時代背景もあり、新進絵師の大作続絵は世に出ることになったのである。

 広重の絵の中にも、「東海道中膝栗毛」を参考にしたと思われる絵が何点かある。

 弥次郎兵衛と喜多八が丸子宿の茶店で名物、とろろ汁を注文する、「丸子(名物茶店)」の図、御油に辿り着いた弥次郎兵衛と喜多八(とおぼしき旅人)を強引に引き込もうとする客引き女を描いた「御油(旅人留女)」の図である。

 「東海道五十三次」全55図の中では、「蒲原(夜の雪)」、「庄野(白雨)」、「亀山(雪晴)」の3図が特に絶品、3大名作とされている。

 「蒲原(夜の雪)」は保永堂東海道五十三次の最大の傑作で、広重の雪景では最も優れた作とされる。
 その一方、東海道沿のこの辺りは雪が少なく、絵に該当する場所も定かでないという説がある。

 しかし、広重は、創造性をもって、蒲原を「夜の雪景」の世界として描いたと言えよう。

 歌川広重は、保永堂東海道五十三次において、四季、雨・風・雪・霧などの自然現象、朝・昼・夜の一日の変化を各図に取り込むことで、作品全体に変化、興趣を出している。


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歌川広重「蒲原」



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